解説 杉本博司
今年、我が国は大東亜戦争の敗戦から80年の節目の年を迎えました。敗戦を終戦と言い含めた有耶無耶な戦後を、そろそろ整理しておかなければならないのではないのかと私は思うのです。
敗戦時の昭和20年に生まれた人は今年80歳になります。あの戦争を生身で知る人はほとんどがあの世に召されました。そして私は思い出すのです、あの時もそうだったと。それは平家が壇ノ浦で滅亡した時のことです。あのいくさが人々の記憶から薄れ行こうとする時、それは平家滅亡から80年ほど経った頃、どこからともなく、盲目の琵琶法師によって平家物語が語られるようになったのです。「平曲」と言われるこの物語は、のちに「能」となり、「浄瑠璃」になり、「歌舞伎」にも変調して、我が国における芸能の原点となったのです。
私は満州国建国の立役者であった板垣征四郎大将が、A級戦犯として巣鴨拘置所に収監されていた時に詠んだ長文の漢詩コピーを偶然に入手しました。そこには刑死を前にして、この大戦に至る経緯と心情が簡潔に述懐されています。国を思う心情、理想の国、満州国建国への熱情、私はこの話は「能」にしておかなければならないのだという使命を感じたのです。
今、時代は右、左という思想的桎梏を超えた、さらなる混沌へと向かっているようです。あの、「先の大戦」は今、“物語り”となって語られる時が来たように私は思うのです。
杉本修羅能『巣鴨塚』は今年の敗戦記念日、八月十五日に初演を果たしました。しかし私はこの曲を捧げるべき方は板垣征四郎大将その人だと思うのです。A級戦犯として巣鴨に刑死した十二月二十三日。この日こそが初演であるという気構えでこの公演にのぞみたいと思います。
昭和の戦さの物語は、修羅能として中世の言葉に置き換えてあります。マッカーサー元帥は「松嵩の中将」、東條英機は「東条の大臣(おとど)」、石原莞爾は「石原の少将」、板垣征四郎は「板垣征四郎常信」としています。副題の「ハルの便り」とは日米開戦のきっかけとなった「ハルノート」を暗示しています。
春の便りは魔の便りだったのです。
敗戦八十周年記念公演 再初演
杉本修羅能「巣鴨塚 ハルの便り」
日時: 2025年12月23日(火)18:00開演
会場: 十四世喜多六平太記念能楽堂(東京)
主催: 公益財団法人十四世喜多六平太記念財団、公益財団法人小田原文化財団
原作: 杉本博司『能 巣鴨塚(修羅能)』(「新潮」2013年1月号掲載)
能本: 川口晃平(能楽シテ方観世流)
演出: 大島輝久(能楽シテ方喜多流)、野村萬斎(能楽狂言方和泉流)
作調: 亀井広忠(能楽大鼓方葛野流家元)
番組|出演者:
解説 杉本博司
前シテ(老人)/後シテ(板垣征四郎常信の霊) 大島輝久
ワキ(唐土方の僧) 御厨誠吾
ツレ(舞人) 鵜澤久、大島衣恵
アイ(この辺りの者) 野村萬斎
笛 藤田貴寛
小鼓 田邊恭資
大鼓 原岡一之
太鼓 大川典良
後見 狩野了一、金子敬一郎
地謡 川口晃平、林喜右衛門、山中迓晶、武田崇史、鷹尾雄紀、小早川康充
チケット料金 : S席 10,000円、A席 8,000円、B席 7,000円、C席(2階)5,000円(税込)※未就学児入場不可
チケット発売日: 10月17日(金)10:00より
チケット取扱い:
◎インターネット予約
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◎電話予約
喜多能楽堂 TEL:03-3491-8813(10:00~18:00 休館日あり)
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