ODAWARA ART FOUNDATION

2016年08月22日

『肉声』に寄せて 杉本博司の言葉を掲載しました 事業

11月上演予定の朗読劇『肉声』の構成・演出・美術を手掛ける杉本博司が、

作品に寄せた言葉を発表しました。

『肉声』に寄せて 杉本博司

ジャン・コクトーの一人芝居「声」は1930年頃のパリを舞台に書かれた。携帯電話の普及した現代では考えられないことだが、電話は混線を極めた。肉声が電気信号となって、遠くにいる恋人へと伝わっていく。人の心が機械を通して伝わるという近代社会の悪夢が、この頃始まったのだ。

私はこのコクトーの「声」を、日本の昭和15年に置き換えてみようと思った。そしてモチーフとして建築家堀口捨己の設計したモダニズム邸宅に住む愛人を設定した。堀口は実際、資産家の施主の為に妾宅を設計している。そこに住む愛人は、その趣味がフェンシングと水泳という、当時のモダンガールだった。私は平野啓一郎氏に「声」の翻案と脚本化を依頼した。はたして完成した台本は原曲から遠く飛翔したものとなった。私はこれを翻案ではなく本歌取りと呼ぶことにした。本歌取りとは時に原曲を裏切り、別次元に昇華させる、日本文学の古典に伝わる麻薬的手法だ。

この年、日本は建国二千六百年を祝う祝祭ムードに酔いながらも、国の滅び行く予感も漂っていた。はたして電線で結ばれる男女の声は、人間の魂の声を伝えるだろうか。人間の魂は電気信号化できない。さすれば残るのは「肉声」のはずだ。